24_ 夏の終わり、ゆかたの行方

「いえ、お祭の翌日、ゆかたは捨てるんだそうですよ」。
先日、きものの仕事をしている方から聞いた話だ。
祇園祭をはじめ、今年も夏の京都でたくさんのゆかたを見かけた。とりどりのゆかたに身を
包んで、いそいそと街を行く若い子たちの可愛いこと。きものを着きてもらえなくなったと
いうけれど、これだけゆかたを着る若いひとは多いのだから、潜在的にきものを着たいひと
は案外たくさんいるんじゃないか?と思ったのだが、事はそんなに単純ではないらしい。
「夏に安いゆかたを買って、着るのはお祭りや花火大会の日だけ。自分で着られないし、来
年また新しいのを買えばいい。だから、いちど着たら捨ててしまうんですって」。
「ここぞ」というときのワンピースのような感覚で着て、それで十分だということか。気を
つけて見ると、安価に買えるゆかたはたくさんある。「使い捨て」に少なからず衝撃を受け
たのは確かだけれど、そういう人はごく一部なのだろうし、わたしの感じているのは、ほん
の数回しか来てない「衣服」を破棄することへの抵抗感であって、洋服でもやっぱりいやだ
なと思う。私も若いころ、あれもこれも着てみたくて、でもお財布に余裕がない時、似たよ
うなことをしていた自覚もある。それに可視化されてないだけで、ゆかたを着て初めてきも
のに興味を持った、という人のほうがずっと多いはずだ…と思うのだが、とても胸が痛むし
、切ない。普段「きものも『着るもの』のなかのひとつ。洋服と同じ」なんてうそぶいてい
ても、やっぱり自分の中のどこかに「きものは特別」という意識があるということか。いや
、もっというと、今わたしが着ているゆかたを、ゆくゆくどうする?もちろん1年で捨てたり
はしない。今は襟を入れたり足袋を履いたりして、何とか少しでも長い期間着られないもの
かと試行錯誤するくらい愛着もあり、ずっと着るつもりだけれど…では、どこまで着る?飽
きるまで?擦り切れるまで?そして、その先は?
幸田文、田辺聖子、沢村貞子。わたしの敬愛する文筆家が、それぞれにゆかたについての鮮
やかな文章を残している。藍の匂い立つ下ろしたての喜び、何度も水をくぐるうちに、どん
どん肌になじんでゆく心地よさ。果てに擦り切れてくたくたになって、最後は赤ちゃんのに
なる。ゆかたという衣服はかつてこんなふうに命を全うしてきたのだと思う。物のない時代
を生き抜いた人たちだ、擦り切れたゆかたを仕立て直すうちに衽がどんどん狭くなり、膝を
覆うことも難しくなった、そのゆかたで気の張る人に会いにいった…などというエピソード
を読むと、時代が違うと言ってしまえばそれまでだけれど、この人たちから見れば、わたし
のゆかたの扱いなんて、お祭の次の日にゆかたを処分することと、本質的には大差ないのか
もしれないと思ってしまう。
「それだけきものに興味を持つひとが増えたってことよ、裾野は広いほうがいいじゃない
」、「いや、いくら何でもお祭と花火大会だけで捨てるなんてひどすぎる」、「いやいやそ
ういう自分はどうやねん」…様々な思いが交錯して、夏も終わりだというのに、まだ気持ち
の着地点を見いだせないでいる。


奈良女子大学文学部を卒業後、美術印刷会社の営業職、京都精華大学 文字文明研究所および京都国際マンガミュージアム勤務を経て、2015年に独立。岩澤企画編集事務所を設立する。
ライター業の傍ら、メディアにおける「悉皆屋さん」として様々な分野で活躍中。
30歳のときに古着屋で出会った一枚のスカートをきっかけにモード系ファッションの虜となり、40代から着物を日常に取り入れるようになる。現在、病院受診と整体治療のある日以外はほぼ毎日、きもので出勤している。

岩澤さんブログ「みみひげしっぽ通信」
http://iwasawa-aki.jugem.jp/

> コラム一覧をみる

TEL 075-748-1005

会社代表 075-361-7391

お問い合わせ

〒600-8431
京都府京都市下京区綾小路通新町東入善長寺町143 マスギビル 株式会社枡儀 内(ビル1F奥)
営業時間10:00~17:00(土日祝除く)

アクセス