ショールームのテーブルに置かれた細長いボードに、何種類かの大島紬の生地が貼り交ぜられている。目に留まったのは、泥染めの深い地色に白抜きで織り出された、丸っこい水玉模様。なんて可愛いんだろう。今ではもう織ることができない柄だという。その後、デッドストックにありました、と見せていただいた、よく似た柄の反物は、わたしの中の「欲しいものリスト」を全部ご破算にしてしまった(だからってすぐ手が出せるようなものではありませんが…)。
そうだ、わたしがきものに興味を持ったきっかけは大島紬だった。
ふと入ったリユースきもの店で出会った、遠目にはグレーに見える黒と白の絣に飛び柄。独特の光沢、さらさら、つるつるした手ざわり、肌を滑る触感、これが大島紬なのか。ことばと実物が一致した瞬間だ。シャープでモダン、初めて出会った大島紬は、好んで着ていたモード系の洋服と地続きだった。色も柄も質感も、なんて素敵なんだろう…。もしこの時に出会ったのが、ネップがある糸で織られた、ふわっとした質感のいわゆる「紬らしい」紬だったら、その後きものにのめり込むことはなかったと思う。
きものも帯も持っていない、ましてや自分で着ることなんてできもしないのに、どうしても着てみたくて、その場で買ってしまった。このきものを着たい一心で、見よう見まねで必要な小物一式をそろえ、半幅帯を一本買い、近所の着付け教室へ通った。初めてひとりで着て、おっかなびっくり街へ出たときのドキドキを今も覚えている。
後日、nonoと出会って、その母体が大島紬のメーカーであり問屋でもある枡儀という会社であることを知り、何かとても腑に落ちた。枡儀の手掛ける大島紬を拝見すると、nonoにはそのセンスとDNAが確実に息づいていると思う(上田ご夫妻はあまり意識していないのかもしれないけれど)。あの日、後先考えずに買った大島紬の感触とnonoの商品の間に、わたしは通底するものを感じる。ハレの日の特別なきものというより、日常生活そのものを格上げしてくれるきもの。とても上質な街着としてのきものだ。
…といいつつ、もう何年も、幾度となくこのショールームにお邪魔しているのに、そしてショールームの奥には、たくさんのすばらしい大島紬が展示されているのに、わたしは大島紬のことをほとんど知らない。そもそも、まったく紬っぽくない平織なのに、「紬」という名前がついているのはどうして??
わたしを夢中にさせた水玉模様の向こうに広がる、大島紬の世界をもう少し、知りたい。帯も魅力的。どれにしようかな。


奈良女子大学文学部を卒業後、美術印刷会社の営業職、京都精華大学 文字文明研究所および京都国際マンガミュージアム勤務を経て、2015年に独立。岩澤企画編集事務所を設立する。
ライター業の傍ら、メディアにおける「悉皆屋さん」として様々な分野で活躍中。
30歳のときに古着屋で出会った一枚のスカートをきっかけにモード系ファッションの虜となり、40代から着物を日常に取り入れるようになる。現在、病院受診と整体治療のある日以外はほぼ毎日、きもので出勤している。
岩澤さんブログ「みみひげしっぽ通信」
http://iwasawa-aki.jugem.jp/