はじめて着付けを習いに行ったのは、自宅近くの個人教室だった。90分×10回で、全くの初心者から一重太鼓まで結べるようになる、というよく見かけるコースだ。
レッスンはまず「座学」からスタートした。適正なサイズの算出法を教わって、持参した手持ちのきものと自分の身体の寸法を測って、実際に身にまとって比較してみるというレッスンだ。持参したのは、中高生のころに少しだけ習っていた茶道のお稽古のために母が作ってくれた、一つ紋入りの派手な朱色の鮫小紋で、今も箪笥の奥に眠っている。
自分で着られるようになってみると、きものの適正なサイズを知ることは、きれいに快適に着るためにはとてもとても大切だと感じる。が、初心者むけの教材(書籍でも、動画でも)ではざっくりした算出方法くらいは言及されていても、あまり重要視されてはいないように思う。気持ちよくきれいに着られる寸法はどのくらいか、という感覚を知るには、実際に身体を入れて、自分の身体ときものにメジャーを当てて比較してみないとわからないし、どんなに説明の上手い動画でも、一方通行ではなかなか難しい。…とはいえ当時のわたしは、さあ、きものを着られるようになるぞ!とやる気満々だったので、スタートが地味な座学なことにいささか拍子抜けでもの足りない気分だったが、一所懸命に聞いて、言われるままに測ったり計算したり巻いたりしてみた。
この時に教わったのは、例えばこんなことだった。
きものの各箇所の寸法の中で、いちばん重要かつ融通が利かないのは裄であること。身幅は着方で比較的カバーしやすいこと。ここから派生して、上半身の背縫いはきっちり体の中心にこなくていけないが、下半身は多少左右にずれてもかまわないこと。同じ寸法でも、やわらかものとかたものでは着心地や着やすさが全く違うこと。総じて、「きものは少しくらいサイズ違いでも着られる」というのは、ある程度ひとりで着られるようになって、多少のことなら自分で対応できるようになってからの話で、だからこそ初心者のうちはできるだけ「マイサイズ」のきもので練習したほうが良い、ということだった。今思えば、どれも習い始めの初心者にすぐ理解できるわけもない内容なのだけれど、後々これほど役に立つことはなかった。
そこで先生に紹介されたのが、リユースきものの巨大ショッピングサイトだ。新品やお誂えに手を出すのはその後で良い、と、マイサイズの商品の探し方を懇切丁寧に教えてもらった。何しろ安いしすごい数があるので初心者は夢中になり、これも「きもの沼」に落ちる一因になってしまったが…。ご自分の苦労を背景にした、とても愛があり実のあるレッスンだったし、今でも最初に手ほどきしてくれたのがこの先生で本当に良かったと思っている。
ただこの先生、正絹やわらかもの至上主義、広衿絶対主義だったので残念ながらその後、ご縁は絶えたままだ。わたしが今、nonoのあれやこれやを超愛用していると知ったらどんな顔をなさるかなぁ…と、たまに考える。
奈良女子大学文学部を卒業後、美術印刷会社の営業職、京都精華大学 文字文明研究所および京都国際マンガミュージアム勤務を経て、2015年に独立。岩澤企画編集事務所を設立する。
ライター業の傍ら、メディアにおける「悉皆屋さん」として様々な分野で活躍中。
30歳のときに古着屋で出会った一枚のスカートをきっかけにモード系ファッションの虜となり、40代から着物を日常に取り入れるようになる。現在、病院受診と整体治療のある日以外はほぼ毎日、きもので出勤している。
岩澤さんブログ「みみひげしっぽ通信」
http://iwasawa-aki.jugem.jp/