nonoの羽織ジャケットで黒い羽織の魅力を実感してから、調子に乗ってさらに2枚、フリマサイトで
手に入れた。
1枚は一つ紋つき。今年は母の十三回忌の法事がある。もう十三回忌ではあるし、ごくごく身内の集ま
りだし、墨黒の鮫小紋の上に羽織るつもりで、実家の紋が入っているものを探したもの。
届いてみると、しっかり重さのある良い生地で寸法もぴったり。ずいぶん古いもののようだが、まっ
さらのしつけ付きで、丈も膝の少し上くらいまである(短いと昭和の授業参観日の母だ)。せっかくだ
から日常でも着たいと思ったものの、抜き紋入りの黒羽織はさすがに普段着にはしにくい。でも、紋が
入ってなければいいんだよね?ということにして、シマエナガのワッペンを紋の上に縫いつけてみた(
法事の時には外す)。これが意外に可愛くて、着ているといろんな人に声をかけられて楽しい。どうも
「紋が入っているべき場所に、それっぽい白いものがついているんだけど、近付いてよく見たらシマエ
ナガ」というギャップが面白いらしい。仕立てが良くて温かいので、冬のアウターとして重宝している
。
もう1枚は、きものを着るようになる前から大好きな憧れの名画、鏑木清方 『築地明石町』に触発さ
れた、ふくらはぎの半ばくらいまである長羽織。つねづねこの長――――い黒羽織はなんてすてきなんだろうと思っていた。数年前に京都で公開され、大喜びで観に行ったら、実物は印刷物よりはるかに素晴らしかった。夏の終わり、早朝のひんやりした空気と、その冷気に思わず胸の前で搔き合わせる羽織の手ざわりまで感じられそうだ。仕立てた方はまさにこの羽織をイメージしたそうで、羽裏の鮮やかな紅がちらりと見えるのも、これだけ長さがあるので身動きするたびに裾が柔らかく揺れるのも気分が上がる。誰にも言わない(言えない)が、渋い大島紬や江戸小紋に合わせて、「ひとり築地明石町ごっこ」を楽しんでいる。
そして、春の気配とともにレース羽織の季節がそこまで来ている。着つけのアラをカバーしつつ着姿
は隠さず、こなれた雰囲気も出せて手離せない。わたしが愛用しているのはnonoの薄羽織の中のGrace
の黒。レースの種類も色も充実していて目移りする中、いちばん薄手で透け感があり、軽やかで華やか
な一枚だ。濃い色のきものに重ねると涼しげなニュアンスが加わり、薄い色の上ではレースの柄が映え
て、春から初夏にかけて欠かせない。
nonoの薄羽織はどれも素材そのものが美しい上、着姿がもたつかずすっきりしている。企画段階から
「前下がりシルエット、木綿以外でなるべく暑くない素材であること。軽さ、丈夫さ、柄が『お花お花
』してないこと。乳の位置をやや低めに」など、細部にまで目を配って作っているそうだ。求める条件
を全てクリアする素材はなかなか見つからないとも聞いた。
「夜目、遠目、傘の内」ということわざがある。薄暗いところ、遠くから、そして傘のなかの女性は
、実際の何割増しかで美しく見える、という意味。わたしはこれに「黒羽織」を加えたい。シックなき
ものはより品よく存在感を増すし、袖を通すのをちょっとためらうような派手なきものはすこしクール
ダウンされて着やすくなる。
季節ごとに質感や素材を違えて、いつも黒い羽織を着ているひとというのも…なかなか素敵だ。
奈良女子大学文学部を卒業後、美術印刷会社の営業職、京都精華大学 文字文明研究所および京都国際マンガミュージアム勤務を経て、2015年に独立。岩澤企画編集事務所を設立する。
ライター業の傍ら、メディアにおける「悉皆屋さん」として様々な分野で活躍中。
30歳のときに古着屋で出会った一枚のスカートをきっかけにモード系ファッションの虜となり、40代から着物を日常に取り入れるようになる。現在、病院受診と整体治療のある日以外はほぼ毎日、きもので出勤している。
岩澤さんブログ「みみひげしっぽ通信」
http://iwasawa-aki.jugem.jp/