「良い靴は、履き主を良い場所へ連れていってくれる」。ヨーロッパのどこかのことわざだというが、はきものに目がないわたしには、もっぱら買い物のための格好の口実になっている。新しいきものも帯もうれしいけれど、はきものも同じくらいうれしい。現代の生活環境ではアスファルトやコンクリートの上を歩くことがほとんどだから、日常的には気軽なカフェ草履を履くことが多いが、それ以外も少しずつ楽しみながら集めてきた。
きものに少し慣れてきたころ、「紬には南部表、それもカラス表の草履がいちばん!」という文言に憧れて(煽られて)、少し無理をして誂えた八段重ねの畳表の台には、縮緬におかめの横顔をパッチワークした花緒を合わせた。いざ出来あがってみるとけっこう重いし歩くと滑るし、竹の皮だから雨の日には履けないしで、手放しで「快適!」とは言えないが、なるほど文句なしにおしゃれだ。ここぞ!という時のために大切にしている。
弘前に旅行した際、ぜひ本場でと探した津軽塗の下駄。老舗のはきもの屋さんを訪ねて店主と一緒に花緒を選び、履き心地を加減しながらその場で挿げてもらった。ご主人を亡くした後、わたしが継いでやってますという店主は愛らしい老婦人で、柔らかな津軽のことばが耳に優しい。そのせいか、わたしにしてはずいぶん可憐な一足になった。この青森への旅で「こぎん刺し」の美しさを知り、ネット上で花緒だけオーダーできるところを探した、ちょっとクセのある草履も二足ある。
どれも愛着がある中、いちばん注目を浴びるのは、寒い時期にヘビーユースしている足袋型のアンクルブーツだ。あたたかくて歩きやすい。きものにブーツを合わせるスタイルはずいぶん定着したように思うが、この形は目を引くらしい。ヨーロッパのデザイナーが日本の「足袋」に触発されて生まれたというこのタビブーツ、着脱のためのこはぜもついていて、逆輸入された左ハンドルの日本車のようだ。同じような形の廉価版を一冬で履きつぶすくらい愛用している。「そういうはきものをきものに合わせるのが流行っているんですか?」「中はどうなってるの?」「なんだか、ウシのひづめっぽい」…等々、いろんな反応があって面白い。このブーツを話の糸口に、たまたまエレベーターに乗り合わせただけの人と降りてからも長々と楽しい話に花が咲いたこともある。
袖擦り合うも他生の縁。思いがけない笑顔と幸せなひとときを共有できたとすると、「良い靴は履き主を良い場所へ連れていってくれる」ということわざは、あながち買い物をするための言い訳というだけでもなさそうだ。
出かけよう、赤い花緒のじょじょ履いて。春はもうすぐ。
奈良女子大学文学部を卒業後、美術印刷会社の営業職、京都精華大学 文字文明研究所および京都国際マンガミュージアム勤務を経て、2015年に独立。岩澤企画編集事務所を設立する。
ライター業の傍ら、メディアにおける「悉皆屋さん」として様々な分野で活躍中。
30歳のときに古着屋で出会った一枚のスカートをきっかけにモード系ファッションの虜となり、40代から着物を日常に取り入れるようになる。現在、病院受診と整体治療のある日以外はほぼ毎日、きもので出勤している。
岩澤さんブログ「みみひげしっぽ通信」
http://iwasawa-aki.jugem.jp/