35_変わる距離、重ねる時間

 仮住まいへの引っ越しを何とか無事に済ませた。どうして10年に一度の寒波が30年に一度の引っ越しにぶつかるのだろう…。この日の最低気温はマイナス6度、積雪と大渋滞のため、引っ越しトラックはうちへ来る途中で立ち往生してしまい、1時間半遅れで到着。断続的に続く猛吹雪で、作業は何度も中断した。

 今回、引っ越しの荷物を作ってみて、きものや帯はほんとうに嵩張らないことに驚いた。プラスティックの衣装ケースに、びっくりするほどたくさん入る。結果として、同じサイズのケースに洋服を詰めても大した重さにはならないが、きものや帯が入ったケースはほんの数個なのに、なんと重いこと!さらに(考えてみれば当然のことなのだけれど)、どちらも尺貫法をもとにしたきものと日本の住まいというのは、基準になる寸法が共通なので、収納の相性がすこぶる良い。

 そして翌週の週末。数カ月ぶりの、「楽しむための」外出だ。ああ、やっとまた、きものが着られる。うち続く打ち合わせにショールーム巡りに荷造りにと、きものを着る状況でもなかったし、とてもそんな気にはなれなかったというのが正直なところだ。

 大荷物の中から、なかなか袖を通せないでいた新作のGritterを掘り出してきた。取り合わせるのは、黒地に銀で若冲の鶏を織り出した半幅帯。帯締めは、黒と銀のリバーシブルか、それとも季節を先取りした紅梅色か。迷ったけれど黒と銀。二月にしてはずいぶん暖かいから、上に着るのは羽織ジャケット mindで充分、それに黒のベレーに足袋ブーツ。いつものスタイルだ。

 鮮やかなブルーの長襦袢を左右から打ち合わせ、襟を合わせて衣紋を抜く。長着を重ねて腰紐を締める。帯の締まる感触とかすかな音。結び方が若干怪しかったのはご愛敬。背筋が伸び、お腹と背中、腰の周りがしゃんとして、おまけにとても温かい。街のショーウィンドウ、デパートのあちこちに置かれた鏡、おおお、ホントにきものは「三割増し」!そんな浮き立つ気持ちがにじみ出るのだろうか、思わぬところで褒められる。

 これまで夢中になっていたからこそ、こころの隅っこで密かに、「このままきものから『フェイドアウト』してしまったらどうしよう…」と思っていた。杞憂だった。選ぶのも着るのも、数か月ぶりに着るきものは、解放感も手伝ってか、思っていたよりずっと新鮮で楽しかった。

 どっぷり沼につかったり、たまには出てみたり。環境が変わり、似合うものが変わり、好きなものも変わる。こうやってわたしときものとは、いろんな距離感で、一緒に年を重ねていくのだろう。


奈良女子大学文学部を卒業後、美術印刷会社の営業職、京都精華大学 文字文明研究所および京都国際マンガミュージアム勤務を経て、2015年に独立。岩澤企画編集事務所を設立する。
ライター業の傍ら、メディアにおける「悉皆屋さん」として様々な分野で活躍中。
30歳のときに古着屋で出会った一枚のスカートをきっかけにモード系ファッションの虜となり、40代から着物を日常に取り入れるようになる。現在、病院受診と整体治療のある日以外はほぼ毎日、きもので出勤している。

岩澤さんブログ「みみひげしっぽ通信」
http://iwasawa-aki.jugem.jp/

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