昨年(2023年)、仕事やらお出かけやらで、だいたい200日くらいきものを着た勘定になる。融通の利く(野放しともいう)フリーランスだからこそできたことだが、「習うより慣れよ」とはよく言ったものだ。柔らかもの、紬、綿や麻と、きものが身体にまといつく感覚の違いや、帯の締め方、補正の仕方、寸法等々の自分にとっていちばん心地いい着付けなど、「身につく」とはこういうことかと思う。
そうやって迎えた2024年。とある舞台の新春公演を観に行ってきた。せっかくの機会なので、自分なりに少しだけ「おめかし」してみることにした。
冷え込んだこともあり、きものは墨黒の疋田絞り。その上に、おそらく絵羽の長着からの仕立て替えと思しき、紗綾形の地紋のある綸子(渋いゴールドに見える地色に、万年青<おもと>の絵付けと縫いが少し。羽織紐は京紫)の長羽織。中の拵えは、普段あんまり着ない長襦袢で、紅椿と白梅。足元はいつもの足袋ブーツに、黒のベレー。で、帯は帯地dateの「波紋 黒銀」にした。観劇の際、前の席に和装の観客がいると、帯結びのせいでどうしても前傾姿勢になり、その後ろに座ると舞台が見えなくて大迷惑!という話をさんざん見かけたが、これなら何の心配もない。言うまでもなく身体も楽だ。黒×銀の博多織は、存在感のある総絞りのきものにも、トラディショナルなのにどこかパンクな香りのする羽織にも負けず、想像以上に自分好みの「地味派手」なコーディネートになった。
すばらしい舞台だった。盛大な拍手を送り、こころも身体も上気してロビーに出てくると、きもの姿の方もちらほら。伝統芸能の舞台ではないので決して多くはないが、それぞれに楽しんで装っていることが伝わってくる。「ここぞ!」という時、きものは感情を乗せやすい。非日常の場所で特別な時間を楽しむ気持ちやこころの華やぎは、黙っていてもきものが語ってくれる。そして自分も周囲も幸せな気持ちになる。
以前のコラムに書いたように、わたしはきもので「おめかし」することに何となく気後れというか苦手意識が強いのだが、何事もやってみるものですね。淡々とさりげなく着る、ということにずいぶん拘泥していたと思う。自分なりのスタイルが何となく「身についた」ような気になっているが、ここに安住するのもつまらない。日常と非日常をひらりひらりと行き来して、今年も機嫌よく暮らそう。大好きな着物で。
奈良女子大学文学部を卒業後、美術印刷会社の営業職、京都精華大学 文字文明研究所および京都国際マンガミュージアム勤務を経て、2015年に独立。岩澤企画編集事務所を設立する。
ライター業の傍ら、メディアにおける「悉皆屋さん」として様々な分野で活躍中。
30歳のときに古着屋で出会った一枚のスカートをきっかけにモード系ファッションの虜となり、40代から着物を日常に取り入れるようになる。現在、病院受診と整体治療のある日以外はほぼ毎日、きもので出勤している。
岩澤さんブログ「みみひげしっぽ通信」
http://iwasawa-aki.jugem.jp/